身近になった東北

 はり灸ブルーの森川です。今回で5回目(グループとしては6回目)の被災地ボランティア。これだけくり返し行くと、距離は遠く離れていますが、とても身近に感じるようになります。

9/16(日) 芦屋→仙台 
 治療院でいつも通り終日治療を済ませて、大阪に。大阪⇒仙台の高速バスに飛び乗り、あとは運転手さん任せです。準備も手馴れたもので、仕事終わりに「ちょっと東北まで」という気分です。

9/17(月) 登米市 
 早朝に仙台着。去年は現地で長袖を買い足すほどだったのが、こちら関西と同じく、半袖1枚で過ごせました。東北地方も、記録的な残暑が続いているようです。
 朝一でレンタカーを借りて、前日仙台入りしているメンバーとも合流。わきあいあいと南三陸町へ。お世話になる被災地障がい者センター南三陸の職員さんの先導で、今回はじめての南方仮設に向かいます。
 南方仮設は、登米(とめ)市というやや内陸部にあって、約300世帯、南三陸町で家を失った被災者のかたが入居されています。南三陸町と言えば沿岸部にあり、よく聞く志津川など、壊滅的な被害を受けた地域です。入居者のほとんどの方が、大切なもの、大切な人を失っています。お話を伺いして、言葉が返せないこともしばしば。ただただ、お話に耳を傾け、鍼とお灸に手を動かします。気の利いた言葉をかけれなくとも、治療後の楽になった笑顔に、ほっとします。面と向かって話しを聞くことは難しいですが、身体を触れる内に、自然と言葉が出てきます。
 よく心のケアといいますが、具体的に何ができるのか? それは人にどうこうされるものではなく、自ら乗り越えていくものだと思います。
 では、私たちにできることは? まずは、そこにある痛みや身体の不調をとることでしょう。身体の不調が、精神に影響することは知られています。人の心を変えることは難しいかもしれませんが、身体を変えることは私たちの得意とするところです。鍼灸治療に即効性があるところも、利点の一つです。
 その後、事務所に帰って、職員さんの治療。被災者を一番身近で支えられるのも、被災者です。意識して休むようにしても、中々休まらない、疲れがとれないとも言われます。本当に問題は山積みといった感じです。まだまだ支援が必要な段階だと思いました。
 よくボランティアの引き時というのを聞きますが、まだまだでしょう。無償のボランティアが、現地の同業者の邪魔をしたり、自立を妨げたりとも言いますが、鍼灸治療にいたっては、元々現地で浸透していません。はじめて鍼灸治療を受けられる方がほとんどです(被災地に限らないでしょうが)。そして、無料というのもあるかもしれませんが、その良さに大変喜ばれます。ローラー鍼、簡易灸などのセルフケアを活用すれば、自分でも、つらさを和らげることはできます。もっと鍼灸治療が広まれば、救われる人も増えることでしょう。

9/18(火) 南三陸町
 午前中の活動場所は、もう4度目の訪問になる入谷福祉仮設住宅です。名前の通り、一般の仮設住宅ではなく、介助の必要な入居者さんが暮らされています。そのため、身体的にも、より重度の方もおられます。一回の鍼灸治療では限界も感じ、もどかしいところもあります。
 また、ここにも被災者を支える被災職員さんがおられます。お年寄りの方は私たちのことを忘れていることも多いのですが、職員さんは覚えて下さっていて、心待ちにしている方もおられ、嬉しい限りです。
 その後、ここもおなじみ南三陸さんさん商店街で、南三陸復興ステーション研究員の山内明美さんとそのお仲間の方と昼食。わずかな時間でしたが、実際の現場の方が直面している問題や苦悩を垣間見させていただきました。それは、被災地に限らず、私たちの身の回りにも言えることでした。
 午後は、南三陸町の保健医療の最前線で活躍されてきた方々を治療。比較的時間にも余裕があり、じっくり治療もできました。元々健康に対する意識も高く、鍼灸治療に対しても、好意的な方が多かったです。セルフケアのポイントにも力が入ります。これをきっかけに、この鍼灸治療が、南三陸町で広く伝わらないかなんて思いもわきました。これからは、外部から来たボランティアによるものではなく、被災した人たち自身により行なわれる復興にシフトしていかねばなりません。

9/19(水) 山元町
 今回最後の活動も、もうなじみの場所で、山元町のデイサービスささえ愛山元です。今までの訪問も水曜日が多く、今回も水曜で同じ顔ぶれの利用者さんたちでした。また、この鍼灸治療を楽しみにして、近くの仮設住宅から来られた方もいました。ここでも、身近に鍼灸治療を提供する場がもっとあればなと、切に思います。
 この場所は、海岸に近い農村地帯で、回りのものが全てといっても過言ではないほど流されています。頑丈な建物や、それに守られた看板だけがポツンとそびえ立っているのが、よりその津波の猛威を感じさせます。都市部に比べ元々人口は少ないため、被害もそれほど知られていないように思いますが、実際に現地に行くとその報道の偏りも感じます。
 そして今回も治療の後に、周辺を見て回ったのですが、線路や、道路も変わらず、そのままといったところがほとんどでした。雑草だけが、成長しているといった感じです。1年半たっても、ここまでかという思いもありましたが、ただ今までになく、トラックが行き交ってはいました。次に来るときは、変わった風景が見られるのかなという思いで、今回の活動を終えました。

 被災地に行くたびに、多くの出会いや、経験をして帰ってきます。このご縁を大切に、これからも自分達にできることをずっと続けていきたいと思います。
 

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