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福島県に通う意味

 福島県の田村市を訪問するのはこれで3回目です。今回は1か所のみの治療訪問であったため、比較的ゆったりと治療でき、また皆さんとお話を交わすこともできました。

hunahashi201709

 私が治療したのは4名の方々です。そのうちお二人は「ケアステーションゆうとぴあ」の障害当事者で、お二人はヘルパーさんでした。障害があるお二人は、身体上のハンディキャップを持ちながら地域での生活を送っています。
 今回、ヘルパーさんがたのお話を興味深く聞きました。
 お一人は原発事故を受けて転々と避難しているうちにご家族の調子が悪くなり、家庭内で介護をすることに。それをきっかけにヘルパー研修を受けたとのことです。もとの職場は原発事故により閉鎖されています。
 別の方も震災後にいまの仕事を始めたそうです。原発事故の直後、放射能を避けていった先が「ホットスポット」(放射能濃度が高い地域)だったなど。生々しいお話でした。
 こういった話は、新聞・テレビなどメディア上でしばしば目にします。しかし、実際に治療をしながらお話を聞かせてもらうと粛然となります。目の前の人が実際に福島の地で生活をつづけている事実に打たれるのです。
 
 治療後、時間に余裕があったので「はり灸レンジャー」の3人で沿岸部へ車を走らせました。郡山市や田村市は内陸部に位置し、いわゆる福島県の「中通り」です。そこから福島第一原発がある「浜通り」まで、ゆうに40キロはあり、山道のドライブです。
 田村市から一路、東を目指すと突き当りが双葉町ですが、ここは現在も自由に入ることはできません。ましてや我々のように外部の者は通行許可証がありませんので。そこから南に進路を取り、大熊町を抜け、富岡町に入るとようやく規制が解除されます。そこで東に向かうと、常磐自動車道の高架をくぐり、国道6号線に合流できます。この国道6号は南北に走っていて、通行可能です。とはいえ、たとえば帰宅困難区域に指定されている双葉町に向かう枝道には進入できませんし、国道沿いのお店も閉鎖されています。放射能の濃度が高いのです。

ookumamati201709

「これが福島の現実だ」という思いを新たにします。同じ日本の中にこのような地域が依然としてあるのです。
 
 2011年3月11日。あの地震の映像を見た多くの人々は戦慄し、言葉を失ったことでしょう。なにか被災地のために出来ることはないかと多くの方が思い、実際に行動したはずです。 
 私たち「はり灸レンジャー」も2011年5月の連休に初めて東北入りし、それ以来10数回にわたり鍼灸治療のボランティアを続けてきました。実際に現地に足を運ぶこと、光景を自分の目で見ること、被災者の言葉に耳を傾けること。そこでしか学べることが無いからです。
 今年の9月11日で、震災発生から6年半が経ちましたが、マスコミの扱いは小さなものでした。それは時間の流れとして仕方がないことかも知れません。しかし、現地の方がたと縁を結んだ私たちは今後も東北を訪れることでしょう。
 この段階になると外部からのボランティアができることは本当に限られています。被災者の力になる、なんていうのはおこがましいです。むしろ被災地の変わり様を学ぶという謙虚な立場を持つべきだと思われます。今回の福島県田村市の訪問を通じて、改めて現地訪問の大切さを感じ入りました。
 私たちを受け入れて下さった「ケアステーションゆうとぴあ」の皆さんに心から感謝いたします。

(はり灸レッド 舟橋寛延)
 

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