2012年04月の記事 (1/5)

はり灸レンジャー第3回訪問(2012年3月)の報告 その三

山元町2012年3月

3/19(月・祝) 山元町
午後は「ささえ愛」の職員さんに治療しました。
おりから神戸の河村先生も飛行機で駆けつけて下さり、3人の鍼灸師による治療です。

職員さん自身も被災者でありますし、肉親や友人のどなたかを失っています。
ある職員さんが述懐されました。
「震災直後はなにもやる気になれなくて、同僚も亡くなっているし・・
仕事からもはなれていたんです。
でも理事長さんが、やろう、やろうってひっぱてくれて今日まで走ってきました。
いま考えるとこの「ささえ愛」の仕事があったから毎日を過ごせたのだと思います。」

そんな職員さん方がハードワークになるのは間違いありません。
私ももと福祉関連の仕事についていたのでいささか心当たりがあるのですが、
福祉職につく人は自分のことを後回しにして他人のために身をけずる、
という傾向が少なくありません。
それ自体はけっして悪いことではないのですが、度を過ぎるとからだを壊します。
現に施術中、不眠の訴えが目立ちました。
もう大震災から1年以上が経過しているのですが、
この1年の時間の流れとはすさまじいものだったにちがいありません。

特に地域のリーダー格の人々は仲間を鼓舞しつつ、ご自分にも鞭を打ってこられたはずです。
一種の躁状態でなければ走り続けられないのかもしれません。
鍼灸治療によって、ふみすぎたアクセルを少し緩和できるといいな、と思っています。

治療後は山元町の被害現場を車で案内いただきました。
これも前回に引き続き2回目です。
2011年9月、そして2012年3月にこの山元町のに立ちました。
ほんのわずか水が引いたようですが、地盤沈下したところはどうしようもありません。

海沿いの数百軒のお宅は住宅困難です。
代替地を行政が見つけてくれるのでしょうか?
おそらくまだ若い家族はお子さんの進学のことや、
ご自身の転勤もありこの地を離れるかもしれません。
後に残るのは生粋の地元の方々と生活再建がむずかしい方々ではないでしょうか。
次回、そんな町が直面する困難さに触れたことをレポートします。

(つづく 舟橋)