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第17回東北訪問 (2018年9月)の記事 (1/1)

私にとって特別な、9月の活動

はり灸レンジャー、イエロー清水です。

個人的な記録となりますが、はり灸レンジャーの活動に参加したのがちょうど2011年の9月。震災から半年が経った頃でした。
そのため、毎年この9月頃の東北訪問は、私の中で一年の区切りとなるとても感慨深い活動です。

外から来てちょっと行くだけの人間だけど、ご縁ができた土地に通い続けているからこそ見える変化をずっと見てきました。
少しずつ町の風景が変わり、建物が増えて、被災した方たちの生活も新しい生活にすっかり馴染んでこられていて。
最初の衝撃的な景色を覚えているからこそ、あの頃出会った方たちが今穏やかに日常を送られている姿を見られるのはとても嬉しいものです。

でも、どうしても震災を機に大きく変わってしまったものはいっぱいあって。
今回訪れた福島には特にそれを感じました。

今はまだどうすることもできないそれらから派生する様々な問題を抱えつつも、そこで生きると決めてる人たちはみんな強くて優しくて逞しい。
3年ぶりの福島県田村市への訪問でしたが、変わらぬ笑顔に迎えられてお話を伺える時間は、施術ボランティアで伺う私たちにとっても楽しみな時間です。
個人的に初訪問の郡山市の皆様も、お忙しい中少し施術させていただいた時間を「ほっと息抜きできた!」といっていただけたり。
行くたびにあたたかい交流をさせてもらっていることに感謝です。

はり灸レンジャーの活動に参加していることを話すと「すごいね」といってもらえることもあるのですが、正直に告白すると、私自身は誘われたご縁でなんとなくはじめただけの人間です。
それでも、仕事や趣味とは全く違うこの活動が、今の私の価値観やあり方に大きく影響してることを感じます。

だから続けていけるし、これからもできる範囲で続けていきたいと思っています。

(清水)

20180918shimizu 

震災ボランティアの原点

 震災から7年半、グループとしては17回目の東北訪問となりました。

 2011年3月、東日本大震災の報道を見て衝撃を受けました。私たちに何かできることはないかと思い立ち、その5月に初めて被災地に入りしました。リーダーのつながりで「被災地障がい者センターみやぎ」を通して、被災障害者の支援ボランティアを行ないました。日常でさへ社会に対して困難を強いられる障害者の方を支援しようという活動は、今でも記憶に残っています。(第1回訪問記事

 そしてその9月、約1週間被災地に滞在し、鍼灸師グループとして初めての活動を展開しました。北は宮城県の登米市(当時 被災地障がい者センター県北支部)から、南は福島県の郡山市(当時 被災地障がい者センターふくしま)まで、鍼灸治療とセルフケアをお伝えして回りました。(第2回訪問記事

 今回の活動では、そのちょうど7年前に訪問したきりの郡山市にあるNPO団体にも訪問することができました。当時からの代表の方、今も変わらずその地域で障害者支援に関わられている方にもお会いでき、必然的に7年前、震災直後のことを思い出します。ちなみに、今回のもう一つの訪問先である田村市のNPO団体も、7年前のボランティアでご一緒したHさんのつながりで続いています。

 今回訪問した田村市、郡山市は、福島県でも比較的内陸部にありますが、それでも原発の被害を感じます。お仕事や住まいを変えざるをえない方もおられました。そして今となっては、放射能のことを口にも出しにくい、そんな潜在的なストレスをずっと抱えられているようにも感じます。
 7年前に郡山市に訪れたときも、他の被災地と違ったものを感じました。それは放射能による肉体的な被害ではなく、その被害による影響力の大きさを感じていたように思います。
 さらに昨年の活動では、福島県の沿岸部も回りました。6年以上経っても地震直後のまま取り残された風景には愕然とし、今でもその風景は目に焼き付いています。

 そんなこともあって、今回の福島県の訪問は特別でした。特別にすることは無いのかもしれませんが、私たちの活動は、「支援の行き届きにくいところへ、より支援を必要とする方へ、細く長くの支援を」です。これからもこの福島県を中心とした東北での活動は続けたいと改めて思いました。

(ブルー 森川真二)

20180918morikawa 

自然な風景になる

 はり灸レンジャー・レッドの舟橋寛延です。 
 2018年9月の東北鍼灸ボランティアは、いつもにもまして色んなことを深く考えさせられるものでした。
 2011年3/11の東日本大震災をきっかけに私たち「はり灸レンジャー」は結成され、これまでかなりの回数、東北訪問治療を重ねて来ました。2011年~2015年ぐらいまでは宮城県が多く、仙台市、南三陸町、気仙沼市、石巻市、山元町など訪れた自治体も多彩です。
 宮城県ではようやく災害復興住宅も完成し、仮設住宅もほぼ姿を消してきていると思います。被害にあった福祉施設も建て替えが終わったようです。
 そんな中、この2~3年、私たちは福島県の障害者団体とご縁ができ、年に1回という細々とした関係ですが、途切れずに関わっています。

 ところで今年2018年は本当に災害の多い年でした。大阪の地震、西日本豪雨、台風被害、そして北海道の地震と息つくひまもありません。
 では、私たち「はり灸レンジャー」は、どのように行動すべきか?主だったメンバーと折に触れ相談してきました。私たちはとても小さなグループですので、心苦しいのですが、どこへでも飛んでいき支援できるわけではありません。限られた人的パワーをどこへ向けるか?ここが悩みどころです。
 そして、今回、福島県への訪問を経て、自分たちの立ち位置が明確になったように思います。やはりグループ結成当初の気持ち通り、東北の応援を中心に取り組んでいこう!というのが結論です。3.11で被害の大きかった東北三県の中でも、とりわけ今後は福島訪問を軸に考えたいと思っています。岩手や宮城はもう大丈夫だ、ということではありません。それぞれの地域が固有の困難さを抱えています。しかし、福島県は何と言っても原発事故の影響が消えぬまま、重苦しい雰囲気がたれこめていると言わざるをえないのです。
 災害ボランティア、とりわけ医療系ボランティアの中でも、正直に言って、鍼灸治療は即応性が必要とは言いにくい側面があります。第一次的には医師、看護師など、命にかかわる急性期の病気を見るプロが現地に入るべきでしょう。やがて避難所は閉鎖され、仮設住宅などに被災者は移ります。被災地の状況はこう着し、メディアにも取り上げられなくなってきます。被災された方々の生活は不自由なまま、落ち着かない日々が続くことでしょう。そんな時こそ、じっくりお話を聞きながら、体に直接触れる施術ができる私たち鍼灸師の出番だろうと思います。
 そして、3.11からあっという間に7年半がすぎた福島県がどんな状況になっているか、マスメディアから伝わってくるものはあまりにも僅かと言わざるを得ません。更に私やメンバーの森川先生は、鍼灸業のかたわら障害者福祉に関わってきた経歴がありますので、被災した地域で奮闘する障害者やその仲間たちの傍らにいて、「皆さんのことを忘れていません」という声を実際の行動で伝えていきたいと思います。
 
 今回、訪問したうち、田村市の「ゆうとぴあ」さんは4回目の訪問になります。私は全て参加しています。最初のうちは、お互いに遠慮があったものの、何度も顔を合わせるうちにお互い親しみを感じるようになります。
 私たちが訪問するのは、敬老の日の連休明けの火曜日が多いので、「ゆうとぴあ」さんでの火曜日の流れが何となく分かって来ます。午前中に鍼灸施術を終えた後、ゆっくりとお昼を食べ、情報や意見交換もできます。また、お昼休みには訪問販売のパン屋さんも来ます。
「ああ、去年お邪魔したときも、パン屋さんが販売に来ていたな」
と眺めやりながら、逆に私たち自身が「ゆうとぴあ」さんの活動、行事の一環になっていることに気づきました。つまり私たちの存在が一つの風景になっているかのごとくです。こうして自然体で私たちを受け入れて下さる「ゆうとぴあ」さんの懐の深さに感謝すると共に、この関係性を続けていきたいと心の深いところで感じました。
 これからも福島県、東北に足を運んでいきます。また会える日までお互いに元気で!

(2018年9/23 はり灸レンジャー レッド 舟橋寛延)

20180918ゆうとぴあ舟橋 

2018年 東北訪問の活動予定

先週の台風21号では、我々メンバーのいる関西・東海地方も大きな被害を受けました。
広範囲で停電や断水などもあり、災害時の困難や日常のありがたさを身に沁みて感じました。

今年は全国各地で災害が続いております。
小さなボランティアグループなので、全ての被災地を訪れることはできませんが、要請やご縁のあったところへ支援活動を続けていきたいと思います。

昨年から計画していました、東北訪問の予定です。
原発被害が残る福島県での活動です。

2018年9月18日(火)
9:30 ~ 12:00 福島県 田村市 NPO法人 ケアステーションゆうとぴあ 事業所
15:00 ~ 17:00 福島県 郡山市 NPO法人 あいえるの会 事業所

活動内容などはまた後日、ご報告いたします。
よろしくお願い致します。