第2回熊本訪問(2016年8月)の記事 (1/1)

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被災地になった母の故郷へ

はり灸レンジャーに初参加させて頂いた黒田です。

熊本県は母の出身地であり、阿蘇にも幼少の頃より夏休みに度々遊びに行った思い出があります。
母の実家は、被災地中心の益城町からすぐ北にあり、熊本市や周辺にも親族が住んでいます。
幾つかの家にヒビが入ったり、牛小屋が倒壊するなどはしたけれど、人的な被害は無かった様です。

今回、熊本に鍼灸ボランティアに行くということで、一も二もなく参加しました。
高速道路を使って自家用車で熊本入りしたのですが、熊本県内に入ると高速道路の一部の下りの道路が壊れていて、そこだけ上りを使った対面走行になるなど地震の規模の大きさを感じました。

私は二日目から参加したのですが二日目の目的地、御船町に入ると屋根にブルーシートがかかった家が沢山目につきました。
他のメンバーと合流してから山間に有る旧七滝中仮設住宅の集会所へ行き鍼灸治療を行いました。
そこへ行く道は細く狭い道が多く、途中直径1mほどの岩が道路に落ちているのも見ました。
治療をしながら話を聞くと、「仮設が山中にあり不便」、「移動に時間がとられる」、「壊れた家をどうするか」など、いろいろな不安が聞かれました。

三日目は益城町の総合体育館避難所に行きました。
熊本市のホテルから益城町の町中を通って行ったのですが、益城町の中心部に近づくほど倒壊家屋が増えて行く感じです。
コンビニやスーパーなど生活のインフラや物流が通常に戻っているすぐそばで、未だ解体も手付かずでそのままになっている家屋が沢山あるのがとても印象的でした。

鍼灸ボランティア終了後に一泊して阿蘇地方を観光してきました。
ニュースにもなった阿蘇大橋崩落などのため、阿蘇に入る道はいくつも寸断されていました。
阿蘇に向かう道中に子供の頃によく行った食事処で昼食を取ろうと思ったのですが、そこへ行く道の途中で道路が通行止めになっており、電話して聞いてみると、震災以来営業停止中との事でした。

阿蘇地方に入っても、通行止め、崩れた道路、基礎が崩れた家、削り取られた山肌など、震災の傷跡はあちこちに見られます。
しかし、壊れた所は閉鎖しながらも、残った部分で営業を再開している店舗なども多く見られました。

三日目の夜に、叔父夫婦と食事をしてきたのですが、「来てくれてよかった。家にじっとしていると気が滅入る。人が来てくれると嬉しい」というような事を言われていました。

復興支援とかボランティアとか大仰な事だけではなく、観光に行く、遊びに行くといったことでも、被災地と関係を持つことでなにかしらの支援にもなるのかなと感じました。

旧七滝中仮設_黒田
 
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被災地を目の前にして

はり灸レンジャー"グレー"の鈴木です。
第2回熊本訪問に参加しました。

熊本は福岡に次いで九州第二の都市。歴史があり、活気があって雰囲気もいいと聞いていたので、震災前から一度訪れてみたいと思っていました。それがはり灸レンジャーで訪れることになるとは…。

震災から4ヶ月経っての訪問でしたが、まだ震災の爪痕が大きく残っていました。
宿泊したホテルの立体駐車場は使用禁止に。それから熊本市内から東へ、益城町方面に向かうと、斜めに傾いた家屋や店舗ががポツリポツリ。もちろん外見では分からない被害もたくさんあると思いますが。
それからさらに東に進むにつれてブルーシートで覆われた瓦屋根が目立つようになり、益城町に入ると完全には倒壊した建物があちらこちらに見えるようになります。さらに進むとかなり被害の大きかったエリアに。道路の両側に倒壊,、半倒壊の建物が並び、集積された瓦礫の山も現れる。解体業者が不足しているとの事で、被災後そのままの状態で残っているようです。
そのすざましい光景を目の当たりにすると、言葉を失ってしまいました。逆にリアリティがないような…

私がはり灸レンジャーに初めての参加したのは2014年3月、東日本大震災からすでに3年が経っていました。その時訪問した宮城県の被災地域では瓦礫の撤去がほぼ終わり、ほとんど更地になっていました。
その何も無くなってしまった被災地もかなりインパクトがありましたが、今回の熊本で見た建被災地の姿はまたさらに衝撃を受けました。

それでも活動中お会いする被災者みなさんはとても明るくしっかりと復興に向かい前に進んでいます。それは東北のみなさんも同じ。いつも感心させられます。

今回も受け入れてくださった方々に感謝します。ありがとうございました。

かたらんな交流館_鈴木先生

熊本の被災地をたずねて

こんにちは。
はり灸レンジャー パープルの西井牧子です。

私はかつて福岡に住んでいたことがあり、熊本はその頃に度々訪れていた大好きな土地です。

いまだに毎日の様に熊本地震の余震が続き、熊本にお住まいの方々の心中を拝察すると胸が締め付けられる思いがします。

今回、熊本でのはり灸レンジャーの活動に初めて参加し、震災から4ヶ月近くが経つにも関わらず、削り取られた阿蘇の山々、寸断された道路、崩壊された住宅の数々が手付かずのまま置かれている状況にまず驚きました。

私達が熊本に訪れる前日も震度3の余震があり、その様な状態ではなかなか復旧作業も進まないのかもしれません。

震災後、避難所での生活を余儀なくされておられる方々にとっては、プライバシーも守られず、色々な不安を口に出すことすらはばかられ、何かと不自由な毎日を強いられています。
治療によってお身体の緊張や痛みが取り除かれてくると、お気持ちまで軽くなられるのか、色々とお話しをしてくださいました。

ご自宅も職場も全壊され、復興の目処も立たず、毎日避難所でただただ時間を持て余すだけ…

震災からの時間の経過とともに不安感が増し夜も眠れなくなった…

不安感から体調不良を訴える方も多くみられました。

そんななか、私が一番心に残ったのは、被災された方々を支援される方々です。

県外から来られたNPOの方は、行政では手が回らない様な、きめの細かい、被災された方々に寄り添った支援をされておられました。

常に色々な方に目を配り、心を配る様子は、ただただ頭が下がるばかりです。

そして、そんなスタッフの方もお元気そうにみえてお身体はかなりお疲れのご様子…

NPOの方々だけではありません。
ご自身も被災されながら、避難所にいらっしゃる方々を支援されておられる方にも何人もお会いしました。

そんな方は皆さん一様に
『私はそんなに大変じゃないから。もっと大変な方はいっぱいいるから。』
とおっしゃいます。

それでもお話しを伺うと、決して大変じゃない訳ではないのです。
ただ、もっともっと大変な状況の方が沢山おられるから、弱音が吐けない、吐いてはいけない、と思われておられる様に思いました。

その方も治療前は
『はり灸治療は初めてだからドキドキするわ』
とおっしゃっていましたが、治療後は
『あぁスッキリした!身体も心も軽くなったわ!』
と喜んでいただけました。

はり灸治療は、1回の治療でもお身体の苦痛を取り除き、ストレスを軽減することが可能です。
これから継続して熊本を訪れたいと思っていますが、次回お会いするまでの間はお配りしたローラー鍼やお灸でセルフケアに頑張っていただき、症状が少しでも改善され、お気持ちが軽くなっていただけたら…と思います。

よかましきハウス西井

(西井)

熊本訪問で心に残ったこと

こんにちは。レンジャーピンク森川彩子です。
8月10日から12日の3日間、連日38℃という暑さの熊本に伺いました。
娘も連れて家族で参加させて頂きました。

今回は南阿蘇のグループホームやデイケア施設の集まった福祉施設、御船町の仮設住宅、益城町の避難所に隣接する集会所、という三者三様の3カ所にお伺いできました。

お会いした方々の多くは、生活環境が変わったことで痛みや不調が始まった事を話されていました。
高齢であっても今まで家業や農作業など仕事を持たれていたのに、家や田畑の被災で仕事ができず、体を動かすことも減り、筋肉がこわばって痛みが出る。
痛みのために気持ちもふさぎがちだ、という様子でした。

また、避難所や仮設住宅のお世話をする仕事に就かれている被災者と、支援を受けとるだけの被災者の間では、同じ被災者であっても温度差があることが印象に残りました。

町の崩れた家々や、村の崩れた山や道路などを目にすると、復興はなかなか進んでいない様子で、これからも疲労は続くと思われます。


そんな中、一番印象に残っているのは、活動中にお会いしたある92歳の女性です。

その方は、地震前まで下宿の仕事をされ、大学生90名のお世話をされていたそうです。
4月19日に、橋のたもとの自宅が崩れ、下宿生1人もその時亡くされたことを涙ながらに話されました。
他の学生は休みに入って実家へ帰る中、「ばあちゃんの所がいい」と残っていた学生さんだったそうです。
「崩れた後、ショックで何もわからなくなって、目が覚めたらここだった」と話されました。
今は同じホームの認知症状の強い方と一緒に過ごされ「私がお預りしてるのよ」と気丈にされていました。

治療で膝と肩の痛みが軽くなると、「痛くないわ」と微笑まれ、こちらが救われる思いがしました。
他の方の治療する間も、連れてきた私の娘に優しい眼差しで寄り添い、ずっと遊んで頂きました。
人見知りの娘がその方と自然に居る様子をみて、これまでもこんな風に優しく、学生さんに寄り添ってこられたのだろうと想像しました。
お1人お1人に、重く大切な物語があるのだと、改めて感じました。


鍼灸は痛みやコリをその場で軽くすることができる利点があります。
体の不調が軽くなれば少し元気も出てきます。
本当に微力ですが、お会いした方々、これからお会いする方々の不調が少しでも軽くなるよう、これからもお手伝いできればと思います。


第2回熊本訪問森川彩子

(森川彩子)
 

火の国くまもとへ

はり灸レンジャーブルーの森川真二です。
寒さの厳しい東北とは対照的で、真夏に酷暑の続く熊本への第2回訪問となりました。
その3日間の活動の様子です。

一日目 
(8月10日(水) 熊本市 最高気温 37.3℃)
熊本県 阿蘇郡 南阿蘇村

南阿蘇ケアサービス201608
(南阿蘇ケアサービスから見る風景)

熊本駅にメンバー全員が集合。
朝の時点で熊本の灼熱の暑さを予感しつつ、レンタカー、ベッドを借りて、初訪問となる南阿蘇村へ向かいます。
総合福祉施設の「南阿蘇ケアサービス」に訪問しました。

グループホーム、デイサービス、有料老人ホームなどが、徒歩圏内に集まっています。
その施設や事務所で、メンバーを別けて、順々に施術を行なっていきました。
利用者さんをはじめ、職員の方々も、被災をされながら、仕事に従事されています。
こちらでの震災直後の様子が綴られた冊子と、村の被害が写された写真集を頂きました。
前回訪問した「町」とは違った、被害の様子、今後の課題なども教えてもらいました。

施術中、多くの話題に上がったのが、地震による道路の寸断です。
有名な「阿蘇大橋」の崩落もありましたが、それ以外にも道路やトンネル(俵山トンネル)など、通れないところが多数ありました。
職員さんも生活や通勤に随分影響が出ているようです。
(普段なら10分で行けたところが、1時間20分ほどの時間がかかる所もあるそうです。)

私たちも、熊本市内からこの南阿蘇村へはナビの案内通りには伺えず、山道を遠回りすることになりました。
ドライブなら阿蘇山麓の雄大な景色を見れていいのですが、毎日のこととなると大変です。

そしてちょうどその当日、熊本地震で唯一行方不明だった大学生のご遺体が、南阿蘇村の川の下流で見つかるというニュースもありました。

地震から4か月が経とうとしていましたが、未だ傷跡の多く残る南阿蘇村の訪問となりました。

計28人施術


二日目 
(8月11日(木) 熊本市 最高気温 38.1℃)
熊本県 上益城郡 御船町

旧七滝中仮設住宅
(旧七滝中仮設住宅)

前回の御船町スポーツセンターの避難所でお世話になったNPO法人レスキューストックヤードの熊本事務所、「かたらんな交流館」に訪問しました。

メンバー二手に分かれ、山中にある「旧七滝中仮設住宅」の集会所でも、鍼灸治療を行ないました。
この仮設住宅に限らず、交通の便の悪いところが多く、入居の抽選に当たってもキャンセルされることがあるそうです。
確かに、こちらもまわりに店舗などはなく、とても不便に感じました。

この仮設住宅では、まだ自治会もできておらず、数日前に行われた「お茶会」に続き、2回目の集会所の利用だったようです。
ひとまず仮設住宅には移ったものの、これからの生活に不安の様子でした。

ここでは治療人数が少なかったため、一人あたりに時間をかけることもできました。
その分、いろんなお話をお伺いすることもできました。
被災者同士では話しにくい被災の状況や、身体のこと、家族のこと、外部から来たボランティアだからこそ話して貰えることも多かったように感じます。
そういった悩みや不安などを吐き出してもらい、また現地のNPO団体に申し送りし、行政機関などにも繋いでもらえることは、私たちの重要な役目ではないかと思います。

また、前回訪問の御船町スポーツセンター(避難所)で治療を受けられた方で、
「2日連続治療を受けて、痛みがすっかりなくなった」
という嬉しい声を聞くこともできました。
その後の様子を聞けることも、継続して訪問することの利点です。

そして活動終了後、現地の職員さんに、熊本の「よかとこ」も多く教えて頂きました。
熊本城の眺めの良い所、熊本の美味しいもの、馬刺しやラーメンの美味しい所、またゆっくり熊本観光もして帰りたいと思いました。

計14人施術


三日目 
(8月12日(金) 熊本市 最高気温 38.0℃)
熊本県 上益城郡 益城町

よか ましきハウス201608
(よかましきハウス)

前回訪問した益城町総合体育館避難所の横にあり、地域の方々が集う「よか ましきハウス」に伺いました。
こちらでは、隣の体育館の避難者に限らず、近隣に住まれる被災者や、支援者、ボランティアの方々に対しても、治療を行ないました。
メディアでよく聞く避難所でもあって、多くのボランティアが入られています。
この日も関西から来た大学生たちが、ボランティア活動に従事されていました。

治療の方は、一時ベッドや椅子が埋まる程の盛況でした。
治療を受けられる人が減ってきたな~と思えば、避難所で館内放送を入れて頂き、またぞろぞろと。
前回訪問で治療を受けられた被災者の方とも再会を果たし、喜び合いました。
避難者だけでなく、現地の職員さんが治療を受けに来られたのも印象的で、こういったスペースの利点と感じました。

ここも避難所に併設されているので、いつまで存続されるかはわかりません。
しかし、避難所は閉じても、次は仮設住宅へと移っていきます。
この益城町では、516戸という県内最大の仮設住宅「テクノ仮設団地」が完成しています。
そこへ入戸が決まっている避難者の方もおられました。
「次は是非仮設住宅へ来てください!」という声もかけられ、また次回以降の訪問を約束しました。

計22人施術



今回、家族でボランティア活動に参加しました。
小さい娘を連れていくことに躊躇しましたが、温かく迎えられ、良い雰囲気で治療を行なうこともできました。
特にグループホームでは、表情の乏しかった高齢者の方が、笑顔で娘と接してくれて、嬉しく思いました。
気苦労もありましたが、連れて行けて良かったと思います。

復興する被災地の様子を見に、また家族でも伺いたいと思います。

(森川)
 
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